『動物由来感染症』という言葉をご存知ですか?
以前は『人獣共通感染症』と呼ばれていましたが、
動物とヒトの両方が感染しうる感染症を指します。
この『動物』は野生動物のみでなく、
ワンちゃん、ネコちゃんなどのペットも含まれます。
これらの感染症は、意外と身近な問題です。
ペット本人やご家族の健康のために勉強してみませんか?
このページでは、動物由来感染症の中でも
『回虫移行症(トキソカラ症)』について勉強していきます。
Q1:動物由来感染症にはどんなものがあるの?
Q2:回虫症がペットに起こす症状は?
Q3:回虫症がヒトに起こす症状は?
Q4:うちの子も感染してる?
Q5:どうやってペットに感染するの?
Q6:ヒトにはどうやって感染するの?
Q7:回虫感染は予防できないの?
これらの他にも、ご不明な点があれば遠慮なくお問い合わせください!
A.世界中でさまざまな感染症が発生しています。
WHOは世界中で約200種類の動物由来感染症があるとしています。
これらの感染症で、毎年多くのヒトの死者が出ています。
幸いにも島国である日本では、死者は多くはありません。
それでも60~70種類の動物由来感染症があると言われています。
以下に、日本で実際に発生している動物由来感染症の一部を挙げます。
動物由来感染症ですから、いずれもヒトに感染します。
このページでは、『回虫移行症(トキソカラ症)』について勉強していきます。
A.ペットにはほとんど症状が出ません。
子犬さん、子猫さんに大量に寄生すると症状が現れますが、
大人のワンちゃん、ネコちゃんの場合、通常は症状がでません。
「便検査で寄生虫がいなかったから大丈夫でしょ?」
「うちの子、いいウンチしてるから大丈夫でしょ?」
「室内飼育だから大丈夫でしょ?」
よくあるご質問ですが、いずれも間違いです。
室内飼育のワンちゃんの便検査から得られた2010年の報告があります。
この報告から以下のことがわかります。
・便検査での検出率が低いことを考慮すると、かなりの数の室内飼育の
ワンちゃんが回虫に感染している
・子犬さんでの感染率が高い(=母犬からの胎盤感染、乳汁感染の影響)
→子犬さんと暮らすご家族に感染のリスクが高い
・固形便かどうかは、回虫症の判断基準にならない
ペットに症状が出ないため、危機感が低くなりがちですが、
回虫症は、思っているよりも身近な感染症です。
特に抵抗力の低いお年寄りやお子さんで感染が成立しやすく、
症状も重篤になりやすいことが問題です。
A.様々な症状を起こすため、症状から疑うことは困難です。
ヒトに感染した回虫は成虫になれず、幼虫のままヒトの体内をさまよいます。
幼虫が体内のどこに迷い込んだかで症状が変わるため、
迷い込んだ部位によって以下の4タイプに分類されています。
・内蔵型…発熱、喘息様発作、てんかん発作、蕁麻疹など
・眼 型…飛蚊症、視力低下、霧視、失明など
・神経型…しびれ、不全麻痺など
・潜在型…症状が現れない
『この症状は回虫症だ!』という特徴的な症状がないんです。
感染したヒト自身が、初期に問題視できないこと、
病院での診断が付きにくいことから、進行してしまうことがあります。
アメリカで腫瘍が疑われ眼球摘出を受けた小児の46例のうち
23例が回虫による眼の症状だったという報告(*1)があります。
これは、眼球摘出前に回虫症と診断することが困難なこと
回虫症にかかっても自覚症状が出にくいことを示唆しています。
日本でも「眼の症状で眼科を受診したヒト」の29%で
回虫の抗体保有率29%という報告(*2)があります。
眼の違和感で受診したヒトの約3割が寄生虫に関連しているのです。
しかも抗体検査という特殊な検査をしなければ回虫に関連していると
診断できないため、正しい診断がつかない可能性もあります。
ちなみにこの研究報告では、「症状がなく健康診断で受診したヒト」での
回虫の抗体保有率は5%だったそうです。
健康と思っていても5%のヒトは回虫に感染したことがあることになります。
感染しても大きな問題にならないことが多いのですが、
日本でも、失明してしまう方、脳炎で亡くなる方が問題となっています。
特に、抵抗力の弱いお年寄りやお子さんで感染が成立しやすく、
症状も重篤になりやすいため注意が必要です。
*1:1950年の研究報告です。1970年代以降は、
眼球摘出は行われていないようです。
*2:1990年の研究報告です。
※ヒトでの回虫症の詳細は、ヒトのお医者さんでご相談ください。
A.便検査でみつかることもありますが…
便検査で回虫の虫卵がみつかることがあります。
その場合は、確実に感染していますので治療対象となります。
また、感染しやすい環境ということになるので、再感染のリスクがあります。
しかし、便検査には以下の3つの問題点があります。
①固形便のペットの便検査をしようと思わない
回虫が寄生しているペットの多くは下痢をしていません。
良いウンチをしているペットに回虫が寄生している可能性があるんです。
②感染していても便に虫卵が出ないタイミングがある
虫卵が排泄されないタイミングで便検査をしても
虫卵を検出できません。
逆に、排泄されているタイミングでは、回虫1匹が1日に産卵する
虫卵の数は約10万個と言われています。
この虫卵は環境中で長期間にわたり生存できます。
ご自宅に大量の虫卵がばら撒かれてしまう危険性があります。
③回虫に感染していても便検査の検出率は高くない
2002年のLappinの報告では、回虫卵の検出率は以下の通りです。
・直接塗沫法…50%
・浮遊法………75%
したがって、『感染しているかどうか』よりも、『感染しない工夫』や
『定期的に駆虫』することが望ましいとされています。
A.回虫の虫卵を口から摂取することで感染します。
「じゃあ、室内飼育だから大丈夫ね」と感じるかもしれません。
しかし、上記のように室内飼育のワンちゃんでも感染している子が多数います。
ネコちゃんの場合は、「お散歩に行かない子」が多いと思いますが、
以下のグラフのように完全室内飼育でも回虫の感染率は低くありません。
実は、室内飼育でも多くの感染経路があるんです。
①お散歩で…
タヌキなどの野生動物や野良猫さんがいろいろな場所に回虫卵を落とします。
回虫に感染しているワンちゃんのウンチにも回虫卵は含まれています。
つまり、回虫卵は通常のお散歩コースに落ちているんです。
『日本の公園の砂場の69%で回虫卵が検出された』
という最近の研究報告もあります。
お散歩コースで足の裏についた虫卵を自分で舐めとって感染します。
食後や寝る前に、肉球を舐めている姿を見かけませんか?
②ドッグランで…
おなかの中の寄生虫の卵はオシリにも付着しているので、
他のワンちゃんとのご挨拶で、オシリをクンクンした時に
感染することもあります。
ドッグランに限らず、ペットの集まるトリミングサロン、
ドッグカフェ、ペットホテルも同様に回虫をもらってしまう
危険性があります。
③ヒトが持ち帰ってしまう…
上記のように、日常の環境に当然のように虫卵が落ちています。
ヒトの靴の裏に虫卵が付いたまま、玄関先まで持ち帰ることがあります。
玄関先で遊ぶワンちゃん、ネコちゃんは要注意です。
靴をくわえて遊ぶ子はいませんか?
④庭で遊んだ時に…
タヌキやハクビシン、野良猫さんが庭先に来ませんか?
これらの動物は回虫などのおなかの寄生虫だけでなく、
ノミ・マダニ・疥癬などの寄生虫、皮膚糸状菌症などのカビ類など
多くの感染症を運びます。
⑤ネズミやゴキブリをハンティングしたときに…
ネズミやゴキブリなどの小さな侵入者は
多くの感染症を運びます。
これらをハンティングした時などは、各種の感染症への
感染の危険があります。
⑥アウトドアや旅行で…
回虫をはじめとする各種の感染症は、
自然の多い環境ほど感染源が多いため、
キャンプ、川原、山などに連れて行った時、
ご旅行や帰省の時に感染することがあります。
⑦妊娠中にすでに…
母犬、母猫が回虫に感染している場合、胎盤を経由して胎児に感染します。
子犬・子猫の集まるペットショップも回虫感染の場として重要です。
子犬・子猫を迎え入れる場合は、保護した子、
購入した子に関わらず回虫の駆除を検討してください。
これらの感染経路は生活に密着しているため、
ペットへの感染を完全に予防することは不可能です。
A.ペットと同様に虫卵の経口摂取で感染します。
ヒトも回虫卵を経口摂取することで感染します。
つまり、ペットに口移しで食べ物を与えたり、キスしたりした時、
トイレを片付けた後に手洗いが不十分だった時などに感染します。
ニューヨーク市では1~15歳のヒトの5%が回虫寄生の検査で陽性となりました。
この5%のうち、抵抗力の低いお子さんは回虫感染が成立してしまいます。
日本でも、都市部の公園の砂場の回虫卵による汚染率が69%と報告されました。
以前は、番犬の意味合いもあり、
外飼いのワンちゃん、ネコちゃんが主体でした。
近年はペットとの関係がかなり親密になっています。
室内飼育のペットが増え、食事のおすそ分けをしたり
一緒に寝たり、スキンシップも増えました。
ドッグランやドッグカフェなど不特定多数の
ペットの交流の場も増えました。
特に、何でもお口に入れてしまう
赤ちゃんは感染のリスクがあります。
かつて日本人の70%以上が寄生虫の感染を受け、国民病とまで呼ばれた
寄生虫の感染率が今日では0.1%以下にまで低下してきています。
これは環境の改善と、衛生状態の改善によるものです。
それでも「0.1%」=「1,000人に1人」が寄生虫に感染しています。
そして、ペットの寄生虫は依然として30~40年前の寄生率を維持しており、
これらの寄生虫が人に感染する場合が少なくありません。
これは、ペットとの関係性が親密になってきたことに起因します。
ペットを大切にしているご家族ほど、寄生虫に感染しやすくなっているのです。
A.感染を減らすことはできますが…
①環境からペットへの感染の予防
日常生活の中で環境からペットへの感染が成立する機会が多いため、
環境からペットへの感染を防ぐことは、実現不可能と思われます。
②ペットからヒトへの感染の予防
ペットからヒトへの感染を減らすために、以下の点に注意しましょう。
…上記のすべてを完全に実行することは難しいのが現状です。
つまり、『環境からペットへの感染』、『ペットからヒトへの感染』を
減らせても完全に防ぐことができないことになってしまいます。
したがって、ペットに感染した回虫などのお腹の寄生虫を定期的に
駆除する『定期駆虫』が非常に重要です。
この考え方は、フィラリア、ノミ、マダニなどと同じです。
感染を防げないなら、「ペットの段階で駆除してヒトにうつさない」
もしくは「症状が出ないうちに駆除」という考え方です。
CDCなどの国際的な感染症関連の機関では『定期駆虫』として
年4回(3ヵ月ごと)のペットの駆虫(虫下し)を推奨しています。
あくまでも「ガイドライン」なので、ご家族の生活スタイルや家族構成、
ペットの生活環境や性格に合わせて駆虫間隔を相談しましょう。
日本は衛生的な環境という認識が強いと思います。
しかし、野生動物や外猫さんがいる以上、
回虫のような古典的な感染症でさえ撲滅できません。
撲滅できなくても、ヒトへの感染を防ぐ手段があります。
『定期駆虫』が必要と感じる環境や家族構成の方は、ぜひご検討ください。
動物からヒトへの感染症を防ぐのも獣医師の役割です。
ご不明な点などございましたら、お気軽にお問い合わせください!